「エモい記事」は新聞のコアバリューか

「エモい記事」は新聞の未来を支えるコンテンツとなりえるのか? 読者の感情に訴える「エモい記事」はPVを稼げるかもしれないが、新聞にしか提供できない価値といえるのか? オンラインセミナーの参加者の意見をもとに考えてみました。
あしたメディア研究会 2024.09.02
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「エモい記事」というテーマで、ChatGPTが生成した画像

「エモい記事」というテーマで、ChatGPTが生成した画像

先週の土曜(8月31日)の夜、<新聞に「エモい記事」は必要か? 47年前の朝日「社内報告書」を読みながら考える>と題したオンラインセミナーを開催しました。内容については、こちらの記事を見ていただければと思いますが、新聞と「エモい記事」の関係について、参加者からさまざまな意見が出て、刺激的なトークイベントとなりました。

新聞の「コアバリュー」とは何か

参加者のコメントは、どれも参考になる内容でしたが、特にハッとさせられたのは、「エモい記事のほうがPVが取れるとしても、それ自体が新聞社のコンテンツとしてコアバリューになる気はしない」というAさんのコメントでした。

また、別の参加者のBさんからも「Yahoo!ニュースなどで、エモい記事はPVが伸びるというのは実感があるが、はたして有料サブスクの新規購読者獲得につながるのか。自分の感覚では、エモい記事に毎月お金を払おうとは思えない」という指摘がありました。

実際のところは新聞社内部のデータを見ないとわかりませんが、筆者は、エモい記事はPV(ページビュー)はもちろんのこと、CV(コンバージョン)も相対的に良いのではないか、と推測しています。

たとえば朝日新聞のニュースレター(メールマガジン)は、かなりの頻度で「エモい記事」をトップに掲載しています。現在の新聞社は、デジタル版の有料購読者を増やそうと必死なので、CVが低い記事をトップに打ち出すとは考えにくい、とみています。

新聞と「エモい記事」の関係について問題提起した社会学者の西田亮介さんが「エモい記事の典型」として示した記事。朝日新聞のニュースレターのトップに掲載されていた。

新聞と「エモい記事」の関係について問題提起した社会学者の西田亮介さんが「エモい記事の典型」として示した記事。朝日新聞のニュースレターのトップに掲載されていた。

しかし、仮に「エモい記事」でコンバージョン、つまり、新規会員が獲得できたとしても、はたして継続的に有料購読を維持できるのか。その点については、Bさんと同じく「エモい記事に毎月お金を払おうとは思えない」という人が多そうだという印象をもっています

単なる「エモい記事」は無料のSNSでも読める

というのは、単なる「エモい記事」は、noteやSNSで大量に読むことができるからです。さらに、インスタにはエモい写真、YouTubeにはエモい動画が無数にアップされています。つまり、わざわざ新聞社にお金を払わなくても、「エモいコンテンツ」に触れられるのではないか、と。

『<a href="https://digital.asahi.com/articles/ASS3W319WS3WULLI003M.html" target="_blank">その「エモい記事」いりますか 苦悩する新聞への苦言と変化への提言</a>』という論説記事の中で、西田亮介さんが提示した「エモい記事」のポイント

その「エモい記事」いりますか 苦悩する新聞への苦言と変化への提言』という論説記事の中で、西田亮介さんが提示した「エモい記事」のポイント

そこで重要になってくるのが、Aさんのコメントに出てきた「コアバリュー」という考え方です。はたして、エモい記事は新聞社にしか提供できない価値、すなわちコアバリューといえるのかどうか。

Aさんは、オンラインセミナーのフリートークのとき、こんなことも言っていました。

「コンテンツの一つとして『エモい記事』があってもいいかもしれませんが、それを新聞社が一番に打ち出すのはどうなのでしょうか。せっかくあれだけの調査部門を持ち、ジャーナリズムに真剣に取り組んでいるのに、そこで戦うべきコアバリューが『エモい記事』というのは、ちょっと違うのかなと感じています」

今回のオンラインセミナーでは、ジャーナリズムに関する名著として知られるビル・コバッチとトム・ローゼンスティールの『The Elements of Journalism』の一節を紹介しました。

日本語版では『ジャーナリストの条件』(澤康臣訳)と名付けられた同書には、ジャーナリズムの原則として次の10カ条が挙げられています。

1. ジャーナリズムの第一の責務は真実である。  2. ジャーナリズムの第一の忠誠は、市民に対するものである。  3. ジャーナリズムの本質は、事実確認の規律にある。
4. ジャーナリズムの仕事をする者は、取材対象から独立を保たなければならない。
5. ジャーナリズムは、力ある者の監視役を務めなければならない。
6. ジャーナリズムは、人々が批判と歩み寄りとを行う議論の場を提供しなければならない。
7. ジャーナリズムは重要なことを面白く、かつ、自分につながる問題にするよう努めなくてはならない。   8. ジャーナリズムはニュースにおいて、全体像を配分良く伝えなければならない。
9. ジャーナリズムの仕事をする者には、個人としての良心を貫く責務がある。
10. 市民もまた、ニュースに関して権利と責任がある。彼ら自身がプロデューサーや編集者になる時代には、なおさらである。

このうち「エモい記事」と関係がありそうなのは、7番目の「ジャーナリズムは重要なことを面白く、かつ、自分につながる問題にするよう努めなくてはならない」という項目です。

この中の「面白く」「自分につながる問題にする」という要素は、記事を「エモく」する、つまり、読者の感情に訴えかけるように工夫するという意識と近いと言えるでしょう。

新聞が伝えるべき「重要なこと」とは

セミナーでこの点に触れたとき、参加者のBさんから「重要なことを、というのがポイントだと思います」という指摘が入りました。「新聞社が、普遍性のない個人のストーリーまでを『重要なこと』としていいのか」と、Bさんは疑問を投げかけました。

何が「重要なこと」なのか。それもまた一つの価値判断であり、一概には決められない問題でしょう。

新聞が報じるべき「重要なこと」は何なのかを見極め、自分たちのコアバリューとは何かを徹底的に検証する。そういう姿勢が、いまの新聞社には求められているのではないかと思います。

あしたメディア研究会 亀松太郎

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