消えゆく地方の声を救え!元記者が開発する「記者クラブDXシステム」の可能性

セミナーは、あしたメディア研究会の亀松が司会を担当し、山田さんがスライドを映しながら説明するという形で進められました。
以下に、山田さんのプレゼンの詳しい内容を記事の形でまとめました。
あしたメディア研究会のサポートメンバーは、(1)記事全文(約8000字)(2)プレゼン動画(約45分)(3)スライド資料(36頁)のすべてを見ることができます。
充実した内容で、新しい視点が得られるのではないかと思います。
「高い場所からは見えないものがある」という発見
山田:山田みかんと申します。まず、自己紹介をさせていただきます。

山田:記者を志した理由ですが、実家が三重県で初めての障害者施設を運営しています。祖父がいつも、法改正や条例改正があるたびに施設運営の作業が非常に煩雑になると言っていました。「これを何とかしてほしい。国は社会の現状をちゃんと見て、法律や条例を作っているのだろうか?」という話をよくしていまして、社会の今を届けたいという思いが強くなり、そういった仕事をしたいと幼いころから考えていました。
リーマンショックが起きた年、私は高校2年生でした。そのとき、学校の先生の呼びかけで、大阪に同級生と一緒に炊き出しに行きました。豚汁やおにぎりを配った後、同級生が「通天閣に行きたい」と言いました。通天閣に登ると大阪の夜景がとても綺麗だったのですが、「さっきまで炊き出ししていた場所はどこだろう」と思いました。高い場所からは見えないものがあると痛感しました。
亀松:なるほど、そういう流れだったんですね。
山田:綺麗なネオンに隠れて見えないものがあるんだなと感じました。それを届ける役割をしたいと思いました。国や資産を持っている人たちに、ダンボールで寝ている人たちの情報を届けたい。下から上へ、あるいは、上から下へと、情報を運ぶことができないかと考えました。大学進学後にテレビ記者という仕事を知り、就職しました。
亀松:すみません、一点、質問させてください。今日のスライドや告知では「山田みかん」さんとご紹介していますが、こちらのスライドの右側には「鈴木菜摘」さんという名前があります。これはどういう関係なのでしょうか?
山田:名古屋の中京テレビに就職したのですが、5〜6年目ごろから週末にボランティアで事業コンサルタントを始めました。2015年にできたコワーキング施設の立ち上げのころから、取材でお世話になっていて、そこにはスタートアップの人たちがたくさんいました。実家が福祉施設なので、施設新設や行政折衝の知識があり、相談に乗っていました。
亀松:なるほど。
山田:テレビ局の社員だったので、会社に迷惑がかからないようペンネームを使ってボランティア活動をしていたのです。
亀松:そのときの名前が「山田みかん」ということだったのですね。ボランティアで社外活動する際に別名を使っていて、今もそれを使っているということですね。
御嶽山噴火の行方不明者家族の嘆きを聞き、全国の自治体にアンケート

山田:これまでの経歴ですが、2014年に中京テレビに入社し、いろいろな経験をさせていただきました。念願だった「社会の現状を伝えて法整備や条例改正に役立てる」ということに実際に貢献できたので、非常に有意義な時間を過ごせたと思います。テレビ局員としては、スポーツ、報道番組、ドキュメント、バラエティ、ドラマのすべての番組でクレジットされた経験があります。これは地方局ならではの強みだと思います。10年弱の間に多くの経験をさせていただきました。

山田:その中でも、一番力を入れた仕事がこちらです。入社した年に御嶽山(おんたけさん)の噴火がありました。休みをとって県外に出ていたときに「御嶽山が噴火した」というメールが来て、急いで名古屋に戻りました。