ライターは書きたいことだけを書かねばならない

Xで「ライター食えない論」が注目を集めました。津田大介さんが指摘するように「定期的に話題になる」テーマですが、目を引いたのは、具体的な原稿料の額を明らかにする投稿がいくつかあったことです。
亀松太郎 2025.09.05
誰でも

たとえば、文芸誌『ユリイカ』で「400字1000円だった」と書いた人もいれば、 『ニューハーフ倶楽部』の連載エッセーが「見開き頁(約2000字)で5万円」と破格の原稿料だった、と振り返る人もいました。

津田さんも金額を出していて、駆け出しライターだった1990年代後半が最も原稿料が良かったとしながら、「高い雑誌はページ5万円とかもらえていた」と記しています。

そんなライターたちの原稿料談義を見て、ふと思い出した本があります。

フリーランスのジャーナリストだった千葉敦子さんが1986年に著した『ニューヨークの24時間』。もともとは彩古書房から出版されましたが、僕が読んだのは1990年に出た文春文庫のほうです。

米国在住のライターが書いた「原稿料」の話

千葉さんは東京新聞の記者などを経て独立し、ジャーナリスト/ノンフィクションライターとして活躍しました。しかし40代でがんを発病し、1987年に46歳で亡くなりました。死の直前まで、がんの闘病記を書き続け、反響を呼びました。

僕が『ニューヨークの24時間』を読んだのは大学時代で、千葉さんが亡くなった後です。ニューヨークの空気とともに、ライターとしての働き方や生活をつづったこの本は、20代だった僕に強烈な印象を残しました。

久しぶりに本を開いてみたら、あちこちに線が引いてあります。その一つが「原稿料」にまつわる話でした。

アメリカやイギリスで、すばらしい(ほかの国については、あまりよく知らないのですが)のは、どの雑誌や新聞が、どういう記事を、いくらで買う、ということがオープンになっていることです。アメリカでしたら、『ライターズ・マーケット』『ザ・ライターズ・ハンドプック』『リテラリー・マーケット・プレイス』といった出版物が毎年刊行されていますし、イギリスでは『ライターズ・アンド・アーティスツ・イヤープック』が出ています。たとえば、『ライターズ・マーケット』は四千五百、『ザ・ライターズ・ハンドブック』は二千五百、『ライターズ・アンド・アーティスツ・イヤープック』は、六百の雑誌をリストアップしているのです。

これらの本があれば、媒体ごとの原稿料がわかるので、寄稿先を選ぶ際の参考資料として役立ちますし、ギャラ交渉の材料にもなりそうです。

フリーランスのライターとして原稿料で食べていく生活を送っていた千葉さんにとっては、重要な情報源だったのでしょう。

でも、日本は事情が違います。僕は大学を卒業後、メディアの世界に入り、新聞や雑誌、ネットメディアで記事を書いてきましたが、『ライターズ・マーケット』のような本を知りません。

もし誰か知っていたら、ぜひ教えてほしいと思います。

ネットに現れた“原稿料データベース”

千葉さんが『ニューヨークの24時間』を書いたのは1980年代。インターネットが登場するだいぶ前のことです。今ならば、各メディアの原稿料をチェックできるデータベースがあるのではないか。

そう推測して調べてみたら、ありました。

Who Pays Writers?」というサイトです。さまざまな媒体の原稿料が「1ワードあたりいくら」という形で表示されていて、興味深いです。

たとえば「The New York Times - Travel」のページを開くと、1ワードあたり0.48ドルから0.87ドルまで、5件の情報が並んでいます。

そして、0.81ドルの項目を見ると「1600ワードの特集記事」「中程度の取材規模/編集者や媒体との継続的・既存の関係あり」と書かれています。0.81ドルは約120円なので、記事全体の原稿料は約19万2000円ということになります。

一方、0.75ドルのほうは「1000ワードのFOB記事(Front-of-Book=巻頭記事)」「中程度の取材規模/紹介経由(知人のつながりで編集者を紹介された)」となっています。こちらも原稿料を計算すると、約11万1000円。前者よりも原稿料は少ないですが、次のような注釈がついています。

約1か月ほど編集とのやり取りを繰り返したが、全体的には心地よい経験だった。最終稿が完成した後に記事は公開され、すぐに原稿料も支払われた。

ここまでの情報が載っていると、ライターにとってなかなか有用といえるのではないでしょうか。

媒体リストには、WIREDやThe New Yorker、Newsweekといった有名メディアから、一度も聞いたことのないメディアまで、多数の名前が並んでいます。パソコンを使ってその数をカウントしてみたら、約2000件でした。千葉さんが紹介した『ライターズ・マーケット』の4500件には及びませんが、かなりの数です。

この「Who Pays Writers?」というサイトは、説明ページによると、2012年に作家・編集者のマンジュラ・マーティンによって設立されました。 現在は、全米作家組合に属するフリーランスの労働者団体「フリーランス連帯プロジェクト」が管理しているそうです。

掲載情報は、フリーランスのライターによる自己申告に依拠しており、メディア業界の透明性と連帯のためにデータベースを公開しているということです。

原稿料より大切かもしれないこと

「Who Pays Writers?」は、一言でいえば、原稿料の口コミサイト。日本にも、各企業の従業員の年収がわかるキャリコネやOpenWorkといった口コミサイトがあります。その「フリーライター版」といえるかもしれません。

日本で「Who Pays Writers?」と同様のサイトがあるか調べてみましたが、どうやらないようです。

例外的に、My News Japanがサイゾーや週刊ポストなど約20の雑誌の原稿料をまとめたページが見つかりましたが、掲載情報が2010年以前と古く、会員しか閲覧できないので、実用性は高くなさそうです。

ところで、千葉敦子さんの『ニューヨークの24時間』にはこんな一節があります。ここにも、線が引いてありました。

ライターには書くことが好きな人だけがなるべきです。書くことが好きでもないのに、この職業を選んではいけません。書くことが好きで書きたいことがあるなら、収入が不安定だとか、ほかの理由で、ほかの職業に就くべきではないでしょう。そして、ライターは本当に書きたいことだけを書かなければなりません。書きたくもないことを書こうとすれば、かつて私が経験したように、みじめな思いをするだけです。

再発したがんと闘いながら、「時間をむだにしたくない」と記していた千葉さんの言葉です。

自分は本当に書きたいことを書いているのだろうか? 

SNSの原稿料論争をきっかけに再会した本を読みながら、偉大な先輩が残したメッセージを頭の中で反芻しました。

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