AIは「何を問うべきか」を教えてくれないのか

「AIは答えてくれる。でも、何を問うべきかは教えてくれない」。新聞で目にしたこの一文に、私は引っかかりました。本当にそうなのだろうか。そこでAIに聞いてみました。「私は、あなたに何を問うべきか?」。するとAIは、いくつもの問いを返してきました。
亀松太郎 2026.08.15
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AIに「何を問うべきか」と聞いてみた

7月12日に掲載された朝日新聞のコラム「天声人語」に、気になる一節がありました。

「AIは、聞けばいくらでも答えを返してくれる。でも、私が何を問うべきかは、教えてくれない」

生成AIと教育について論じたコラムの結びの部分です。AIを使えば、文章を書いたり、調べものをしたりする手間は大幅に減らせます。しかし、「何に疑問を持ち、どんな問いを立てるのか」は人間の仕事であり、「そこにこそ、人に残された創造性があり、人間の面白さがあるのではないか」と筆者は書いています。

なるほど、と思う一方で、私は引っかかりました。本当にAIは、「何を問うべきか」を教えてくれないのだろうか。

そこで、試しにChatGPTにこう聞いてみました。

「私があなたに何を問うべきか。何を質問すべきか。そのヒントを教えて」

すると、いくつもの提案が返ってきました。

「私が見落としている問いは何?」
「私の問い方には、どんな癖がある?」
「この二つは、本当はつながっていない?」
「反対側から見ると?」
「これは誰にとっての常識?」

なかなか悪くありません。

AIは「問いを増やす道具」にもなる

考えてみれば、これは取材や調査にも使えそうです。

何かについて一通り調べたあとに、「ここまでの話で、私がまだ聞いていない重要な質問を10個挙げて」とAIに尋ねれば、自分では思いつかなかった論点が出てくるかもしれません。

取材前なら、「この取材対象について、記者が見落としやすい質問は?」「この人の主張に対する最も強い反論は?」「専門家には当たり前だけれど、一般の人が疑問に思いそうなことは?」と尋ねることもできます。

AIは答えを出す道具であると同時に、問いを増殖させる道具にもなり得るのです。

そう考えると、「AIは何を問うべきか教えてくれない」という天声人語の一節は、少なくとも現在の生成AIの能力に関する記述としては、少し言い切りすぎではないかと思いました。

しかし、ChatGPTとの対話を続けているうちに、別の疑問が湧いてきました。

「問いを作ること」と「疑問を持つこと」は、同じなのだろうか。

「問い」の前にあるもの

たとえばAIに、「メディアとAIの関係について、重要な質問を20個考えて」と頼んだとします。

「AIによって記者の仕事はどう変わる?」
「AIが書いた記事を、どこまで信用していい?」
「取材や編集のどんな作業をAIに任せられる?」
「AI時代に、ジャーナリストにしかできないことは何?」

おそらく、こうした質問をすぐに作ってくれるでしょう。20個どころか、100個でも作れるはずです。

しかし、私たちが日常で何かを見聞きしたとき、問いになる前に「あれ?」と思う瞬間があります。

  • なぜ、この言葉を使っているのか?

  • それは本当に正しいのだろうか?

  • みんな当然のように言っているけれど、そもそも、なぜそうなっているのか?

まだ明確な質問にはなっていない、小さな違和感です。私はこれを「引っかかり」と呼びたいと思います。

問いとは、この「引っかかり」が言葉になったものなのかもしれません。

山頂より、道端の地層が気になる

先日、ある人と山歩きについて話しました。

その人は、山を歩いているとき、途中で見かける地層や、ある場所だけに群生している植物が気になって、つい立ち止まってしまうそうです。

「あ、この地層いいな」

「なんでここだけ、この花が咲いているんだろう」

目的地へ効率よく向かう人から見れば、単なる寄り道かもしれません。しかし、問いは案外、こういうところから生まれるのではないでしょうか。

AIに「この山で注目すべきものを100個挙げて」と頼めば、地層も植物もリストアップしてくれるでしょう。

しかし、実際にその場所を歩いていて、予想していなかったものが突然目に入り、

「なんだ、これは?」

と立ち止まることとは、少し違います。

天声人語が「人間の面白さ」と呼んだものも、本当は「問いを生成する能力」そのものではなく、この「引っかかる力」に近いのではないでしょうか。

「人間が問い、AIが答える」はもう古い?

これまで、生成AIについては、

人間が問いを立てる → AIが答える

という関係で語られることが多かったように思います。

しかし、実際にAIを使っていると、人間とAIの役割の「境界線」はそれほど明瞭ではありません。

いまでは、AIも問いを作ります。反論もします。ときには「あなたが見落としている論点」を提示します。

場合によっては、AIが出してきた問いを見て、人間が「そうか、そんな考え方もあったのか」と初めて問題に気づくことさえあります。

だとすれば、AI時代に人間に残されるものは何なのでしょうか。

AIは問いを提案できる。しかし、その無数の問いの中から、ある問いに立ち止まり、「これは自分にとって重要だ」と感じるのは人間です。

少なくとも現時点では、そこに大きな違いがあるように思います。

AIに問いを作らせると、人間の問いが増える

そして、もう一つ面白いことがあります。

AIに問いを考えてもらうことで、人間が問いを立てなくなるとは限りません。むしろ逆のことが起こります。

人間が疑問を持つ。
 ↓
AIに聞く。
 ↓
AIが問いを返す。
 ↓
その問いを見て、人間がまた引っかかる。
 ↓
そこから新しい問いが生まれる。

そんな循環が始まるのです。実際、今回の私がそうでした。

「AIは、私が何を問うべきかは教えてくれない」という文章を読んで、まず「本当にそうなのか?」と引っかかりました。

そこでAIに、「私は何を問うべきか」と尋ねてみました。AIは、いくつもの問いを返してきました。

それを読んでいるうちに、今度は私の中に、「問いを作ることと、疑問を持つことは同じなのか?」という新しい問いが生まれました。

最初の問いは私が作り、それを受けてAIがいくつもの問いを提案し、さらにそれをきっかけに私が新しい問いを作る。どちらが「問いを作った」のか、だんだんわからなくなってきます。

でも、それでいいのかもしれません。

AI時代に必要な「知的な寄り道」

AI時代に大切なのは、「良い問いを作れる人間になること」だけではない。最近、そんなことを考えています。

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